水戸地方裁判所 昭和45年(ワ)306号 判決 1976年5月12日
原告
磯崎文次郎
ほか一名
被告
あ印水産株式会社
主文
一 被告は原告磯崎文次郎に対し金二六万三六九円および内金二一万三六九円に対する昭和四五年一〇月二二日より、原告磯崎公二に対し金六万七八一三円およびこれに対する前同日より各完済まで各年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その四を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は、「被告は、原告磯崎文次郎に対し金一〇四万七七三二円、原告磯崎公二に対し金三七万三、二一三円および右各金員に対する本訴状送達の日の翌日より各完済まで各年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一 原告両名は、昭和四四年一二月二二日午前一一時頃、那珂湊市平磯町一、三四三番地先道路を歩行中、車両の往来が激しいので附近の建物の軒下に待避して立止つていたところ、折から訴外石沢広久が被告所有のプリンス小型貨物自動車(茨4ひ第五六四一号)(以下、被告車という)を運転して同所にさしかかり、その際同車荷台に積載していたパレツト(重さ約三〇貫、約二メートル四方の木枠)二枚を転落させ、原告両名に激突させ、よつて原告文次郎に対し左右下腿部、左前腕部、臀部各打撲症、及び頸椎捻挫等の傷害を、原告公二に対し左下腿部打撲及び左下腿外側部筋膜断裂等の傷害をそれぞれ負わせた。
二 被告は被告車の所有者であり、右石沢を従業員として雇傭しているのであるから被告車の運行供用者として自賠法三条により原告両名が本件事故によつて蒙つた人的損害を賠償すべき責任がある。
三 治療経過及び損害
(原告文次郎の分)
1 治療費等金九万七、七三二円
(一) 昭和四四年一二月二二日より昭和四五年三月二〇日まで柔道整復師久保田遊亀男の治療を受け(治療実日数七七日)、うち昭和四五年一月二五日より同年三月二〇日までの治療代金一万二、〇三二円。
(二) 右通院費金七、二二〇円、ただし、当初九日間は被告の車で通院したので、残り一五日間のタクシー代(一回往復金三四〇円)と五三日間のバス代(一回往復金四〇円)の合計額。
(三) 昭和四五年三月一八日および一九日小泉病院の診療を受け、その代金八、九〇〇円。
(四) 昭和四五年三月に約一週間福島県に湯治に行きその費用金三、七五〇円。
(五) 昭和四五年三月二五日より同年一〇月三一日まで水戸中央病院に約一日おきに通院し、その治療代金五万一、一一四円。
(六) 右通院費金六七二〇円。ただし、昭和四五年六月三〇日まで四二日間のバス代金(一回往復金一六〇円)。
(七) コルセツト代金八千円
2 慰謝料金一二〇万円。
原告文次郎は前記の他、足関節炎、頭痛、腰痛のため水戸中央病院で後遺症として労災保険法一四級に該当する頸椎の運動痛および運動制限を残すおそれがあると診断され、その後も昭和四六年七月二九日より昭和四七年六月一四日ごろまで藤本病院に通院し、さらに外傷後遺症により大原病院で受診し、昭和五二年四月ごろまで安静加療を要すると診断されている。従つて、その間の請求外の治療費等がかさむのはもちろん、明治三二年生れの老齢である原告文次郎が受ける精神的肉体的苦痛ははかりしれず、これを慰謝するには金一二〇万円が相当である。
3 弁護士費用金五万円
同原告は本件事故に伴う損害賠償につき調停を申立てたが被告の不誠意のため不調になり、やむなく原告ら訴訟代理人に本訴提起を委任し、その手数料として金五万円を支払うことを約し、同額の債務を負担した。
4 損害の填補金三〇万円
ただし強制保険の給付金。
(原告公二の分)
1 治療費等金二万三、二一三円
(一) 昭和四四年一二月二二日より昭和四五年三月二日まで前記久保田柔道整復師の治療を受け(治療実日数五六日)、うち昭和四五年一月二五日より同年三月二日までの治療代金五、四四一円
(二) 右通院費金四、六八〇円。ただし当初の九日間は被告車使用。
(三) 昭和四五年一月三〇日、同年三月一六日小泉病院の診察を受けその代金五、三〇〇円
(四) 昭和四五年三月二三日から同年五月二六日まで水戸中央病院で通院加療を受け(診療実日数二五日)、その治療代金三、七九二円
(五) 右通院費金四千円
2 慰謝料金五〇万円
原告公二は事故当時二歳(昭和四二年五月一一日生)の男児で、前記傷害による苦痛は大きく、さらに現在なお左脚の疼痛を訴えていることも考慮して慰謝料は金五〇万円が相当である。
3 損害の填補金一五万円
ただし強制保険の給付金。
四 よつて、被告に対し原告文次郎は残損害額金一〇四万七、七三二円、原告公二は残損害金三七万三、二一三円および右各金員に対する本訴状送達の翌日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
と述べ、被告の仮定抗弁に対する答弁および仮定的再抗弁とし
(一) 被告の抗弁事実は否認する。
即ち被告主張の示談の内容には治療代全額負担とあるが、実際の支払は、昭和四五年一月二四日までの治療代だけであり、右示談文言がその後の治療代にも及ぶのか不明であつて、示談内容が極めて不明確であるばかりか、示談金が原告らの傷害の部位、程度からして低額に失すること、請求権放棄条項が不動文字で印刷されたものであることからして文言通りの示談に原告らが応じたものとは考えられず、以上より右示談契約はまだ成立していないものというべきである。
(二) 仮定的再抗弁として、かりに右示談契約が成立したとしても次の理由によりその効力は認められない。
(1) 原告らは、右示談契約時においては自己の受傷は約三週間位の治療で完治する程度のものと信じ、かりに治療期間がのびても短期間に過ぎないものと考え、かつそれを前提にして示談契約を締結したものであるところ、実際は原告両名とも前記請求原因三記載の如くその後長期間にわたり治療を受けたことが明らかである。従つて示談契約における原告らの意思表示にはその重要な部分に錯誤があり無効である。
(2) かりに右主張が認められないとしても、本件示談は昭和四五年一月二四日までに発生した損害についてなされたものでその翌日以降に発生した損害については、その生ずべきことをまつたく予測していなかつたのであるから、右契約の拘束力はこの部分には及ばない。
と述べた。
被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一 請求原因一の事実中、原告両名が那珂湊市平磯町一、三四三番地先道路を歩行中、車両の往来が激しいので附近の建物の軒下に待避して立止つていたこと、訴外石沢が被告車の荷台に積載していたパレツト二枚を転落させて原告両名に激突させ、原告両名に対し原告ら主張のような傷害を負わせたことはいずれも否認、その余は認める。
二 同二の事実中、被告が被告車の所有者で、訴外石沢が被告の従業員であり、被告が被告車の運行供用者であることは認めるが、その余は争う。
三 同三の事実中原告文次郎分4および原告公二分3は認め、その余は不知。
かりに、原告らが本件事故により受傷したとしても、原告文次郎の足関節炎、頭痛、腰痛は同人が老齢のためかねて罹病していたヘルニア、リウマチが再発したために生じたものであり、本件事故と因果関係がなくこれらの症状のため水戸中央病院等において受けた治療に要した費用は被告において賠償すべきものでないばかりか、右症状は客観性のない主観的愁訴によるノイローゼ的事後症状であり、かかる損害まで被告に負担させるのは相当でない。
また原告公二の左下腿外側部筋膜断裂は本件事故による打撲が全治した後に子供等と遊んでいるうちに負つたもので、本件事故と因果関係がない。
と述べ、仮定抗弁として、
かりに、本件事故による損害賠償義務が認められたとしても、原告文次郎と加害者石沢広久とは昭和四五年二月二日本件事故による損害につき、右石沢は原告らに対しその治療代を全額負担し、慰謝料を含む示談金として金六万六、三〇〇円を支払うこととし、原告らは今後本件に関しいかなる事情が発生しても異議申立は一切しないという内容の示談契約を締結し、右示談金は全額支払いずみである。この示談は原告文次郎が原告公二の補償分も含めて示談したものであり、これにより原告らの有した損害賠償債権は消滅している。
と述べ、仮定的再抗弁事実はいずれも否認すると述べた。〔証拠関係略〕
理由
第一事故の発生と責任原因
一 成立に争いのない乙第三号証の一ないし三、被告主張の如き写真であることにつき争いのない同号証の四ないし八、証人植村孝秀の証言によつて真正に成立したものと認める甲第四、第五号証、証人久保田遊亀男の証言によつて成立の真正を認める甲第二、第一二号証、第一八号証の一、証人石沢広久、同植村孝秀、同久保田遊亀男の各証言に原告磯崎文次郎の本人尋問の結果を総合すれば、原告両名は昭和四四年一二月二二日午前一一時頃、那珂湊市平磯町一、三四三番地先道路を歩行中、車両の往来が激しいので附近の軒下に待避して立止つていたところ、折から訴外石沢広久が被告車を運転して同所にさしかかつたが、右石沢は、その際同車荷台に積載していたパレツト(長さ一・三七メートル、幅一・一〇メートル、高さ〇・一二メートル。一枚の重量約二〇キログラム)三枚を転落させ、うち一枚を原告文次郎の下腿部並びに原告公二の左足に激突させ、原告文次郎はその場に転倒してその腰部、後頭部を打つたこと、その結果後記認定の如く、少くとも原告文次郎(明治三二年一月一七日生)に左右下腿部、左前腕部、臀部各打撲、頸部捻挫の傷害を、原告公二(昭和四二年五月一一日生)に左下腿部打撲、左下腿外側部筋膜断裂の傷害を負わせたことが認められ(ただし本件事故発生の日時の点、訴外石沢が被告車を運転して本件事故現場附近にさしかかつたことは当事者間に争いがない)、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 そして、被告は被告車の所有者で、右石沢を従業員として雇傭していたことは当事者間に争いがないので、特別の事情の存しない本件においては、被告は運行供用者として自賠法三条により本件事故によつて生じた人的損害を賠償すべき義務がある。
第二示談の成否
そこで、被告の仮定抗弁およびこれに対する原告らの仮定的再抗弁について考える。
一 成立に争いのない乙第一号証、証人久保田遊亀男の証言によつて真正に成立したものと認める乙第二号証の一ないし三、証人久保田遊亀男、同鯉沼好秀、同二川清二の各証言に原告磯崎公二法定代理人磯崎美代子の尋問の結果を総合すれば、本件事故後一ケ月余を経過したころ、原告らと被告らとの間で本件事故によつて原告両名が蒙つた損害につき示談交渉がなされ、昭和四五年二月二日立会人二川清二宅で原告文次郎の代理人であり原告公二の法定代理人でもある磯崎勝司及び同磯崎美代子が加害者石沢広久との間で示談書を作成し、被告主張の如き内容の示談契約を成立させその履行として即時被告から示談金五万円が原告文次郎に支払われ、かつ同月九日までに久保田柔道整復師に対して原告文次郎の治療代金一万四、二〇〇円及び原告公二の治療代金二、一〇〇円が支払われた事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
二 ところで、原告らは右示談契約は要素の錯誤により無効である旨主張する。前記各証拠によれば、右示談契約は久保田柔道整復師から各人の怪我は一ケ月位で十分なおると言われたため右期間をそれ程超過せずに受傷が完治するものと信じていた原告らと、同じく右久保田から原告らの受傷は全治約三週間であることを聞き出した右石沢および被告らとの間で事故後一ケ月余しか経過せず、かつなお治療が継続して受傷による損害を確定し難かつたにもかかわらず、原告らの受傷が全治一ケ月位であることを前提にしたうえでその間の治療費を基準にして締結された契約であること、しかるにその後当初の予期に反して原告文次郎は数年の長きにわたり、また原告公二は昭和四五年五月ごろまで、本件事故による受傷のため治療を要することになつたこと、そして右示談内容には原告らは不満をもつており、示談当時右損害を予期していたならば右示談契約の締結には決して応じなかつたであろうことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
以上認定したところによれば、原告らの示談契約締結の意思表示はその重要な部分に錯誤があり、無効であると言わなければならないから、原告らの再抗弁はその理由がある。
第三損害
すすんで原告両名の蒙つた損害について判断する。
一 原告文次郎の損害
1 相当因果関係ある損害の範囲
(一) 成立に争いのない乙第四号証と証人遊座文治の証言によれば、原告文次郎は
(1) 昭和四四年一一月七日以前から自覚症状のあつた筋肉症、背中、腰の痛み、不眠症を訴えて水門院診察所で受診し、その後昭和四五年四月二日まで継続的に三〇回(事故前一二回、事故後一八回)、さらに昭和四六年三月二四日まで継続的に七回通院した。そして同診療所は事故前後の所見として同原告は折角よくなつたのに事故のため痛みが再発した旨申していたが通院回数、痛みの部位等から判断して事故後特に症状が悪化したとは考えられないと診断していることが認められる。
(2) 前出甲第一二号証、第一八号証の一と証人久保田遊亀男の証言によれば、同原告は昭和四四年一二月二二日事故直後久保田柔道整復師に事故による受傷につき診察を受け、診断は左右下腿部、左前腕臀部各打撲、頸部捻挫と下された。以後昭和四五年三月二〇日まで通院治療を受け(実日数七七日)最終診察時における所見は、受傷部の腫れなど外見的異常は全然見られなかつたが、本人がなお痛みを訴えているため治癒とは判断しなかつたことが認められる。
(3) 成立に争いのない甲第一三号証と証人小泉全孝の証言によれば同原告は昭和四五年三月一八、一九日小泉病院で右頸部、左肘部、腰椎、右足関節の痛みを訴えて受診し、レントゲン写真撮影の結果、骨に異常は見られず、本人の右訴に基づき右頸部痛、左肘部痛、右足関節痛の診断をしたが、本人が以後通院しなかつたため、治療は施さなかつたことが認められる。
(4) 前記原告法定代理人の尋問の結果とこれによつて真正に成立したものと認める甲第一四号証によれば、原告文次郎は同月一六日小宅整形外科医院で受診し、両足関節挫傷(陳旧性)と診断されたことが認められる。
(5) 証人植村孝秀の証言とこれによつて真正に成立したと認める甲第一五ないし第一七号証によれば、同原告は同月二五日から同年九月三〇日まで計八二回、水戸中央病院に通院し、初診時にはレントゲン写真撮影の結果第五腰椎、第一仙椎の椎間板が狭くなつていたが終診時にはこの椎間板がやや広がり、症状としては、当初訴えていた腰の痛み、運動制限がかなりよくなつたと診断された。そして同病院では患者の病名は腰椎々間板ヘルニア、多発生関節リウマチ、左肘関節炎、頸椎々間板ヘルニアと診断でき、本人の訴える腰痛、両足関節痛は椎間板ヘルニアから発生しているものと考えられ、頸椎々間板ヘルニアのため頸椎の運動痛及び運動制限を残すおそれがあるとして労働者災害補償保険一四級に該当する後遺症が認められるとしているが、椎間板の変形が何に起因するかは必ずしも明らかでないけれども一種の老化現象による変形がかなり強く認められ、交通事故との因果関係は直接的には認められないが、すでに発現している症状が強く表現されたり、あるいはいずれ発現すべき症状がより早く表現されるといつた意味で交通事故が誘因となりうることも考えられると診断していることが認められる。
(6) 前記原告法定代理人の尋問の結果とこれによつて成立の真正を認める甲第二五号証によれば、原告文次郎は昭和四六年七月二九日より藤本病院で受診し、外傷によるものと思われる左足関節炎兼自律神経不調和と診断されたことが認められる。
(7) 成立に争いのない甲第二八号証、前記原告法定代理人の尋問の結果とこれによつて成立の真正を認める甲第二六号証によれば原告文次郎は昭和四五年六月二九日および昭和四七年一一月三〇日より昭和四九年一一月九日まで(月に一、二回で計四〇回)大原病院に通院し、頭痛、疲労、不眠、食欲減退等を訴えて外傷後遺症と診断され、精神安定剤、胃腸薬を服用したが、同病院では、同原告の症状は多分に心因的反応としての神経症とみられる面があるけれども、その症状が本件事故と関係がないとは言えないと考えているが、患者の年齢、性格、家庭環境等の要因にも影響されるので、何割因果関係を認めてよいかは問題であると診断しているところ、右診断は本件事故にあつたという本人の訴を基礎になしたものである。いずれにしても同病院では右症状により昭和四七年一一月三〇日から約五年の安静加療を要するとされたが、右期間は必ずしも確定的なものでなく、心因的症状にあつて老人はなおりにくいという判断から一応の目安として下された診断で精神的安静を要するという意味で下されたものであることが認められる。
(二) ところで、被告は、原告文次郎の諸傷害と本件事故との間には因果関係がない旨主張するので、右認定したところに基づきその点を判断する。
まず右認定したところと、前記第一、一の項で認定した本件事故の態様、傷害の部位及び種類とから判断して少くとも左右下腿部、左前腕、臀部各打撲、頸部捻挫の傷害(以下第一傷害という)が、本件事故に起因するものであることは容易に推認でき、右認定を覆えすに足りる適確な証拠は存しない。従つて、右第一傷害につき必要とされた久保田柔道整復師方での通院治療費及びその通院費は本件事故と相当因果関係ある損害として全額賠償されるべきである。
次に腰痛、両足関節痛、頸部痛、左肘部痛の症状(以下第二傷害という)と本件事故との因果関係であるが、これをまつたく本件事故と無関係なものと考えることはできない。即ち、原告文次郎の右症状は前記認定の(2)ないし(6)の診療過程においてほぼ一貫して訴えられ、発病の時期も本件事故に接着し、かつ前記第一、一の項で認定した受傷の部位ともほぼ一致していること、しかるに右症状に対応する身体的変化としては第五腰椎、第一仙椎の椎間板の変形が発見されているところ、右変形の原因は一種の老化現象によるところが大きいとされつつも交通事故が誘因となることがあると診断されていることが右認定したところから明らかで、それによれば、右症状を惹起せしめていると判断されている腰椎々間板ヘルニア、頸椎々間板ヘルニア、多発生関節リウマチの傷害は基本的には一種の老化現象による椎間板の変化を原因としているが、右変化に基づく症状の発現を促進ないし増悪させた点で本件事故も右傷害の一因をなしているものと推認することができる。
そうすると、右傷害による症状の発現に寄与している限度において第二傷害と本件事故との間の因果関係は肯認されることとなるが、右事情の他原告文次郎は本件事故以前にも類似の症状で前記(1)の治療を受けていたこと小泉病院及び小宅整形外科医院では格別の身体的変化が発見されていなかつたこと等を総合すれば、第二傷害によつて蒙つた損害の五割に限つて被告に賠償義務を認めるのが相当である。
最後に頭痛、不眠、食欲減退易疲労(以下第三傷害という。)と本件事故との因果関係であるが、右症状が外傷に基づく神経症(外傷後遺症)と診断され、本件事故との関係を肯定する医師の所見があることは右認定の通りで、右事実によれば第三傷害もまた本件事故と因果関係ありと推認しうる余地がないわけではないが、右診断は本人の交通事故に遭つたという訴えに基づいて下されており、同様の症状につき藤本医師は自律神経不調和と診断していること、その症状は主観的心因的反応で患者の年齢、性格、環境等にも左右されるところ、原告文次郎は明治三二年生れの老齢であるが、家庭的にも妻が脳軟化症で寝ていて家庭環境もよくない等の事情が見られること(証人遊座文治の証言)、通院状況についても昭和四五年に一回、右症状で受診している他は本件事故後約三年を経過した昭和四七年一一月から通院が開始されていること等の事実を総合的に判断すれば、第三傷害にとつて本件事故はせいぜい誘因ではあり得ても、右傷害の要因をなしているものとはたやすく認め難いところである。
2 損害の額
(一) 治療費等
(1) 前記認定のとおり原告文次郎は久保田柔道整復師方で昭和四四年一二月二二日より昭和四五年三月二〇日まで実日数七七日間の通院治療を受けたが、証人久保田遊亀男の証言、前記原告法定代理人尋問の結果およびそれらによつて真正に成立したものと認める甲第一八号証の二、第一九号証によれば、同年一月二五日以降の治療代は原告文次郎において支払つており、その治療代は金一万二、〇三二円であることが認められる。
(2) 右通院の交通費は、前記原告法定代理人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、当初九日間は被告の車で通院したが、一五日間をタクシー(往復三四〇円)で、残り五三日間をバス(往復四〇円)で通院したことが認められるから、原告文次郎において要した交通費は金七、二二〇円となる。
(3) 成立に争いのない甲第二一号証の一ないし三によれば原告文次郎は、小泉病院に対し治療費として昭和四五年三月一八日に内金として金四、五〇〇円、翌一九日に前日の残金及び当日の再診料として合計金一、四〇〇円、同年四月六日に診断書代として金三千円を支払い合計金八、九〇〇円の治療費等を要したことが認められるところ、前記認定によれば、小泉病院には第二傷害のため受診したことが明らかであるから、右損害額の五割に相当する金四、四五〇円が本件事故と相当因果関係のある損害額となる。
(4) 前記原告法定代理人の尋問の結果およびそれにより真正に成立したものと認める甲第二〇号証の二、三によれば、原告文次郎は久保田柔道整復師のすすめにより、受傷治療のため昭和四五年三月福島県に湯治に行き、その宿泊代として金三、五七〇円を支払つたことが認められる。
(5) 証人植村孝秀の証言、前記原告法定代理人の尋問の結果およびそれらにより真正に成立したものと認める甲第一六号証によれば、原告文次郎は水戸中央病院に対し診療費として金五万一、一一四円を支払つたことが認められるところ、右損害も第二傷害によるものとして、その五割にあたる金二万五、五五七円が、被告において賠償すべき損害額となる。
(6) 右(5)掲記の各証拠によれば、同原告は右病院にバス(往復一六〇円)で通院し、治療実日数は九〇日であることが認められるが、同原告の請求する四二日間の限度で右通院費を算定すれば金六、七二〇円となるところ、前記同様その五割に相当する金三、三六〇円が本件事故と相当因果関係のある損害額となる。
(7) 証人植村孝秀の証言、前記原告法定代理人の尋問の結果、及びそれらによつて真正に成立したものと認める甲第一七号証、第二〇号証の一によれば、原告文次郎は第二傷害の治療のため水戸中央病院でコルセツトの装着を必要とされ、その代金八千円を要したことが認められるところ、これも第二傷害によるものとしてその五割にあたる金四千円が、被告において賠償すべきものである。
(二) 慰謝料
前記認定にかかる原告文次郎の本件事故による受傷の部位、程度、治療経過、同原告の年齢その他諸般の事情を考慮すれば、同原告が本件事故によつて蒙つた精神的苦痛は金五〇万円をもつて慰謝せらるべきが相当であると認められる。
(三) 弁護士費用
以上のとおり原告文次郎は本件事故により合計金五六万三六九円の損害を蒙つたところ、前記原告法定代理人の尋問の結果によれば、被告はその支払に応じないためやむなく原告文次郎は原告ら訴訟代理人に本訴提起を委任し、報酬として金五万円を支払うことを約したことが認められるが、本訴請求額、認容額、事案の難易その他諸般の事情に照らし右弁護士費用の額は相当であると認められるので、右費用金五万円は本件事故と相当因果関係のある損害として同原告が請求しうべきものである。
(四) 損害の填補
ところで原告文次郎が強制保険から金三〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、また被告から示談契約にさいし、示談金名目で金五万円を受領したことは前記第二の項で認定したとおりであるから、前記損害額合計金六一万三六九円から右合計金三五万円を控除した残額二六万三六九円が同原告において請求しうべき損害額である。
二 原告公二の損害
1 相当因果関係ある損害の範囲
前記第一、一の項で認定したとおり被告車から落下したパレツトが原告公二の左足にあたつたのであるが、前出甲第二、第四、第五号証、成立に争いのない甲第三、第二三号証、証人久保田遊亀男、同植村孝秀、同小泉全孝の各証言ならびに前記原告法定代理人の尋問の結果によれば、原告公二は昭和四四年一二月二二日本件事故による受傷につき久保田柔道整復師方で受診し、左下腿部打撲と診断され以後昭和四五年三月二日まで(治療実日数五六日)治療を受けたこと、同年一月三〇日小泉病院で左下腿陳旧性皮下筋断裂との診断を受けたが、それでも受傷部が腫れ、しこりがあつてよくならないとして、同年三月二三日水戸中央病院で受診し、その結果左下腿外側部筋膜断裂と診断され、同年五月二六日まで通院加療し(治療実日数二五日)、右傷害が治癒したことが認められ、以上認定したところによれば左下腿部打撲、左下腿外側部筋膜断裂の傷害と本件事故との間の因果関係のあることが推認でき、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 損害の額
(一) 治療費等
(1) 前記認定のとおり原告公二は久保田柔道整復師方で昭和四四年一二月二二日より昭和四五年三月二日まで(治療実日数五六日間)通院治療を受けているところ、証人久保田遊亀男の証言、前記原告法定代理人の尋問の結果およびそれらによつて真正に成立したものと認める甲第七、第八号証によれば、右治療費中同年一月二五日以降の分金三、四四一円については原告公二においてこれを支払つたことが認められる。
(2) 前記原告法定代理人の尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告公二は右通院五六日中、当初九日間は被告の車で、次の一五日間は原告文次郎の依頼したタクシーに便乗し、残り三二日間は母に付添われてバス(往復四〇円)で通院したことが認められ、それによればバス代金一、二八〇円が原告公二において生じた損害というべきであるから、同原告の通院費の請求は右の限度で認容される。
(3) 成立に争いのない甲第九、第一〇号証および証人小泉全孝の証言によれば、原告公二は小泉病院に診察代診断書代として昭和四五年一月三〇日に金二千円、同年三月一六日に金三、三〇〇円、合計金五、三〇〇円を支払つたことが認められる。
(4) 成立に争いのない甲第六号証と前記原告法定代理人の尋問の結果によれば、原告公二は水戸中央病院に治療費として金三、七九二円を支払つたことが認められる。
(5) 右各証拠によれば、原告公二は母に付添われ右病院に二五日間バス(往復金一六〇円)で通院し、バス代金四千円を要したことが認められる。
(二) 慰謝料
原告公二の本件受傷による治療経過に前記1、認定の如くであり、これに同原告の年齢、本件事故の態様その他諸般の事情を考慮すれば、同原告の精神的苦痛は金二〇万円をもつて慰謝されるべきものと認めるのが相当である。
(三) 損害の填補
ところで、原告公二は強制保険から金一五万円の給付を受けたことは当事者間に争いがないから前記損害額合計金二一万九、八一三円から右給付金を控除した残額六万七、八一三円が同原告において請求しうべき損害額である。
第四結論
以上の次第で被告は原告文次郎に対し金二六万三六九円および内金二一万三六九円(弁護士費用を控除した金額)に対する本訴状送達の翌日であることの記録上明らかな昭和四五年一〇月二二日より、原告公二に対し金六万七、八一三円およびこれに対する前同日より各完済まで各民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 太田昭雄)